デンプン蓄積を増やす遺伝子編集で作物収量に挑む技術

本サイトはアフィリエイトプログラムに参加しており、記事内のリンク経由で商品やサービスが購入された場合、運営者が報酬を受け取ることがあります。掲載内容は公開情報をもとに独自に構成しています。

イスラエルのスタートアップClimateCropが、植物のデンプン蓄積量を10〜15%増やす遺伝子編集技術を開発し、ジャガイモ・トマト・カノーラ・ソルガムなど複数の作物で同様の効果を確認したと発表した。気候変動によるストレス耐性向上と収量改善を目指す技術で、将来的には食用・飼料・繊維・燃料用を含む数千種の作物に応用できる可能性があるという。本記事ではその仕組みと実用化の現状を、technology・経済性・導入規模の3点から整理する。

ClimateCropとは何か

ClimateCropは2021年にYehuda Borenstein氏、Erez Eliyahu氏、Vivekanand Tiwari氏によって設立された。イスラエルのワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)の研究者が発見した、植物のデンプン貯蔵メカニズムを制御するタンパク質群の知見をもとに技術を構築している。同社はこの基礎技術のライセンス供与を受けて事業化を進めている。

光合成とデンプン貯蔵の仕組み

植物は光合成(太陽光・水・二酸化炭素から糖を作る反応)によって炭素を固定し、その一部を葉にデンプンとして一時的に蓄える。このデンプンは夜間や干ばつなどのストレス時に糖へ再分解され、成長のエネルギー源として使われる。

研究チームが着目したのは、光量が減少するとデンプン生産に「ブレーキ」をかけるタンパク質の働きだ。このタンパク質は日中もデンプン合成をある程度抑制している。ClimateCropはこの制御メカニズムを標的にすることで、デンプンの日々の蓄積量を10〜15%増やせるとしている。

技術のポイントと経済性

Borenstein氏によれば、この仕組みは「維管束植物(水や養分を運ぶ組織を持つ植物)」全般に存在するため、原理的には数千種の作物に応用可能という。ただし光合成のタイプによって効果の大きさは異なるとみられる。

  • C3植物(イネ・コムギ・ジャガイモなど一般的な光合成を行う植物):効果が出やすいとみられる
  • C4植物(トウモロコシ・サトウキビなど炭素濃縮機構を持つ効率的な光合成を行う植物):効果はC3植物より小さいとみられる

実際にジャガイモ、トマト、カノーラ、ソルガムで試験を行い、いずれも同様の効果を確認したとしている。さらにバナナでも追加のデンプン蓄積が確認されたという。

同社は副作用(トレードオフ)について、これまで確認されていないと説明する。根拠として、光合成メカニズム自体は通常、最大能力で稼働しているわけではなく、ボトルネックになっていないケースが多い点を挙げている。

公式サイトを見る

ビジネスモデルと導入手法

ClimateCropは自社で種子を販売するのではなく、以下のようなパートナー企業と提携する形でビジネスを展開している。

提携先タイプ 連携内容
育種会社(ブリーダー) 変異品種を提供し、既存品種へ戻し交配(バッククロス)してもらう
種苗会社 技術ライセンスを供与し、自社品種に展開してもらう
生産者(グロワー) 圃場試験を通じて実用性を検証する

遺伝子編集は原則パートナー側が実施する方針だという。理由として、作物ごとに編集手法のノウハウが異なるため、各作物に精通したパートナーに任せる方が効率的だとしている。また、大規模な天然変異ライブラリーを持つ企業と提携し、遺伝子編集を使わずとも自然界に存在する同様の変異を見つけられたケースもあるという。これは従来型の育種(交配)としても展開できる可能性を示す。

導入規模と実証段階の現状

2025年時点(World Agri-Tech innovation summit londonでの取材時点)で、同社はバナナ、ジャガイモ、トマトにおいて追加デンプン蓄積の明確な証拠を確認したと述べている。現在は複数の企業と技術ライセンス契約を進め、各社の品種での圃場試験(フィールドトライアル)に移行する段階にある。

収量への影響については、Borenstein氏自身が「単一の要因で勝負が決まるものではなく、地域・季節・条件によって結果が変わる」と説明しており、短期的な実証だけでなく長期間・複数地域での検証が必要だとしている。このため、現時点で「収量10%保証」のような断定的な主張はできない段階にあるとみられる。

技術の位置づけ:精密農業との関係

この技術自体はセンサーや圃場データを使う精密農業(圃場を区画ごとに管理する手法)とは異なり、品種そのものの生理機能を改変するアプローチである。ただし、気候ストレスへの耐性を品種レベルで底上げする発想は、干ばつセンサーや灌漑最適化といった精密農業の取り組みと組み合わせることで、相乗効果を狙える領域だと考えられる。

まとめ

ClimateCropの技術は、デンプン蓄積を抑える植物自身のブレーキ機構を遺伝子編集または天然変異の活用により解除し、エネルギー蓄積量を増やすというアプローチだ。ジャガイモ・トマト・カノーラ・ソルガム・バナナで効果が確認されており、理論上は多くの維管束植物に応用できる可能性がある。

ただし、この技術そのものは種苗会社や育種企業を通じて品種に組み込まれるものであり、個人農家や小規模事業者が直接「編集」に関与する性質のものではない。現時点で小規模ビジネスや次世代農家が応用できる道筋があるとすれば、以下のような段階的な形になるとみられる。

  • 品種選定での活用:将来、同技術を組み込んだ耐ストレス性品種が種苗会社から市場投入された際に、既存の品種からの切り替えを検討する、という形での間接的な応用が現実的だろう
  • コスト感の見極め:新技術を組み込んだ種苗は当初、価格が既存品種より高く設定される可能性があり、収量改善効果が未確定な段階では、小規模経営ほど慎重な費用対効果の検証が必要になる
  • ITリテラシー面のハードル:この技術自体はソフトウェアやセンサー運用を必要としないため、精密農業機器の導入に比べると現場でのITリテラシー要件は低いとみられるが、新品種の特性(生育速度や収穫タイミングの変化)を把握し直す栽培管理の学習コストは発生する
  • ファンベース構築への応用:気候変動への耐性強化をストーリーとして発信できれば、「環境変化に強い農業」を打ち出すブランディング素材として、直売や契約栽培における顧客への説明材料になり得る

現時点では圃場試験段階の技術であり、具体的な収量改善の実績数値は公表されていない。小規模農家が判断材料とすべきは、今後数年のうちに該当品種が各地域の種苗会社経由でどの程度実用化されるか、またその際のコストと在来品種との比較データが開示されるかどうかだろう。

公式サイトを見る

参考

← 記事一覧へ戻る